食後の緑茶や憩いのひと時のコーヒーなど、熱い飲み物を好んで摂取する人はたくさんいるのではないでしょうか。しかしIARCでは「非常に熱い飲み物」は「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と分類されており、この説を裏付ける研究・調査も世界中で行われています。この記事では、いくつかの研究や報告などを紹介しながら、熱い飲み物とがんの関連について解説します。
がんの罹患リスクを高める要因にはさまざまなものが挙げられていますが、その中のひとつに「とても熱いお茶」があります。まずは阪和住吉総合病院(大阪府)のホームページで紹介されている内容についてご紹介します。
現在確実なリスク要因と考えられているのは喫煙と飲酒です。さらにこの二つの因子が相乗的に作用して発がんのリスクを高めることも明らかになっています。またブラジルやウルグアイなどの熱いお茶を飲む習慣がある地域に食道癌の発生が多いことから、熱いものを飲んだり食べたりする食習慣が高いリスク要因と考えられています。
がんの発症率を上げるリスク要因としてよく挙げられる喫煙と飲酒に加え、食道がんのリスクを上げるものとして「熱いものを飲んだり食べたりする食習慣」が挙げられています。これは、熱いお茶を飲む習慣がある地域に住む人のがん発症率を調べたところ、食道がんの発生率が高いことがわかったことによるものです。
世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)では、「IARC発がん性対象一覧」と呼ばれる、発がん性があると考えられる物質や食べ物の一覧を発表しています。
2016年6月、IARCでは「非常に熱い飲み物」を発がん性対象一覧において「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」と分類しています。この発表は、下記のような理由を根拠としています。
以上のことからも、農林水産省も「熱い飲み物や食べ物は少し冷ましてからとるようにしましょう」と述べています。
IARCでは、65℃以上の熱い飲み物を多く飲んだ場合、「食道がんのリスクを高める」という見解を示しています。ここでは「熱い飲み物」と表現されていますので、お茶だけではなくコーヒーや白湯だったとしても同様です。65℃以上の飲み物を飲用する習慣によって食道がんのリスクが高まると考えられています。
がんリスクに対しては「熱いお茶」がテーマとなることが多いですが、熱すぎる食べ物にも注意すべきという意見もあります。
我が国において、食道がんは人口10万に対して13.7人(男性23.8人、女性4.1人)であり、それほど多い病気ではありませんが、最近、芸能人や著名人が罹患し、しばしば話題にのぼる病気です。我が国において、食道がんの90%以上は扁平上皮癌という種類ですが、この食道扁平上皮癌の危険因子は、喫煙、飲酒、熱い飲み物や食べ物(茶粥など)の過剰摂取とされています。
かつて奈良県や和歌山県では食道がんの罹患率が高い傾向がありましたが、上記の説明にもある茶粥を熱いまま流し込むように食べる習慣が関係していると指摘されていました。このように、熱い飲み物や食べ物で食道が刺激を受け続けてしまうと、がんのリスクが高まると言われているため、熱いものを一気に飲んだり食べたりする場合には注意が必要と言えそうです。
「熱いお茶ががんに悪影響を及ぼす」という意見について、いくつかの研究や調査データを用いて見ていくことにしましょう。
イランのテヘラン大学・シャリーアティー病院消化器疾患リサーチセンターで行った調査についてご紹介します。イラン北部のゴレスタン州は、世界でも食道扁平上皮がんの発症率が最も高い地域のひとつ。研究チームでは、ゴレスタン州が食道がんの発症率が低い地域と比較すると、熱いお茶を好んで飲んでいるという特徴に注目し、食道がんのリスクとの関係を調査しました。
研究チームでは、ゴレスタン州の住民を対象としたケース・コントロール研究(食道扁平上皮がん患者300人、健康な男女571人)とコホート研究(健康な男女4万8,582人)の約5万人に対して調査を実施しました。その結果として、65℃未満の紅茶を少しずつ飲む場合と比較すると、
ということが確認されました。また、同研究チームでは、お茶をカップに注いでから飲むまでの時間についても調査しました。その結果、紅茶をカップに注いでから4分以上待ってから飲む人に比べて
という結果が報告されました。
これまでご説明してきた通り、熱いお茶を飲むことは食道がんの罹患リスクと関係していると考えられています。しかし、熱い飲み物以外の生活習慣にも影響されている可能性があるとして、中国では10地域において調査を実施しました。
調査の対象としたのは、これまでがんと診断されたことのない30歳から79歳の45万6155人。9年間の追跡調査の結果から、下記の報告を行っています。
追跡期間中央値9.2年で、1,731件の食道がん発症が報告された。高温の茶の消費は、飲酒または喫煙と組み合わさることで食道がんリスクの増大と関連した。茶の消費が週1度未満かつアルコール消費が一日15g未満の参加者と比較して、非常に熱い茶を飲み一日15 g以上のアルコールを消費する参加者では、食道がんが5倍となった(ハザード比5.00)。同様に、非常に熱い茶を飲む現喫煙者でもリスクが大きく上昇した(2.03)。
以上の調査から、「過剰なアルコール摂取や喫煙が、熱いお茶による食道がんのリスクを高める」という結論が導き出されています。飲酒や喫煙の習慣がある人は、熱いお茶を控えることも大切。しかし食道がんを予防することを考えた際に最も大切なのは、タバコを吸わないこと、またアルコールの過剰摂取を控えることである、ということが言えるでしょう。
直接的に熱い飲み物とがんの関係を調査したものではありませんが、興味深い内容の調査をご紹介します。以下の調査は、緑茶を飲むことによってどれだけ胃がんのリスクを抑えられるかということを調査した内容になります。
調査対象としたのは、岩手県、秋田県、長野県、茨城県、新潟県、高知県、長崎県の7県に住む、男女約9万人(年齢は40歳から69歳)。生活習慣に関するアンケートを実施し、その後12年または7年追跡調査を行うことで、緑茶の飲用と胃がんの罹患リスクについて調べたものです。
追跡期間中に892名(男性665名、女性227名)の方が胃がんになりました。緑茶を1日1杯未満飲む人を基準として、緑茶を1日1-2杯、3-4杯、および5杯以上飲むと答えた人の胃がんのリスクを計算しました。なお、緑茶をよく飲む人では年齢が高い、喫煙者が多い、野菜や果物をよく食べるなどの傾向がありましたが、これらの要因自体が胃がんのリスクと関連する可能性がありますので、あらかじめその影響を除いた上で、目的とする緑茶と胃がんとの関連を検討しました。すると下のグラフのように、女性で緑茶を1日当たり5杯以上飲む人で胃がんのリスクは3割ほど抑えられました。男性では緑茶によるリスクの低下ははっきりとしませんでした。
もう少し詳しく緑茶と胃がんのリスクとの関係をみてみました。下のグラフは胃の上部3分の1と、下部3分の2とで分けて緑茶の影響を女性でみた結果です。すると、胃の上部では緑茶の予防効果はみられませんでしたが、胃の下部では5杯以上飲むことでがんのリスクが1杯未満の人の半分になることが分かりました。
以上の結果から、胃の上部と下部で緑茶が及ぼす効果が異なっていたことがわかります。国立がん研究センターでは、この違いを「緑茶の飲むときの温度が関係している」と推測しました。これまで、お茶を飲むときの温度が食道がんの発生率に関係していることを説明してきましたが、食道と隣り合っている胃においても、緑茶を熱いまま飲むことが好ましくない影響を及ぼすかもしれないということです。
この報告の中でも「緑茶を飲むときには、熱いまま飲むことはせずに少し冷ましてから飲むこと」が勧められています。
では、なぜ熱いお茶が食道がんに影響するのでしょうか。それは、「口やのどにやけどを起こしている」ことが原因と考えられています。やけどが起こると、その部分では細胞の再生が行われます。このときに細胞が突然変異を起こすことでがんが発症すると考えられます。
熱いお茶や食べ物を頻繁に食べる人は、その分口やのどにやけどを起こす可能性が高くなり、細胞の再生が起こる回数が増えます。すると細胞が突然変異を起こす可能性も高くなりやすくなるため、食道がんのリスクが上がることにつながってしまうのです。
熱いお茶が食道がんの罹患リスクをあげるという報告がある中で、マテ茶ががんの罹患率を上げるのではないかという見解もあります。この報告に対して、日本マテ茶協会ではホームページで見解を発表しています。
マテ茶の消費量の多いアルゼンチンでの死亡要因を調べますとガンでの死亡率は、日本人よりも少ないと言う統計データがございます(世界保健機関統計データ、厚生労働省大臣官房統計情報部データより)。牛肉の消費量が世界でもトップクラスのアルゼンチン人が健康を維持しているのもマテ茶が寄与していることは大きいとされ、マテ茶を「飲むサラダ」とまで言われるぐらいです。
以上のことから、「熱いマテ茶を飲むとガンの発生率が高まる」と言うのは間違いであり、逆にマテ茶は「ガンのリスクを下げる」と言うことになります。しかし、マテ茶の伝統的な飲み方であるシマロンでマテ茶を飲用する場合は、熱湯を入れて飲むことは注意が必要であります。あまり熱すぎないお湯を使用し、一気に飲み込まず静かに飲むことをお勧めいたします。
日本マテ茶協会の見解は、「マテ茶ががんのリスクを上げているのではなく、マテ茶を飲む方法によって食道がんのリスクが上がっている」ということです。そのため、協会でも熱すぎるお茶を一気に飲むのではなく、熱すぎないものを静かに飲むことを勧めています。
ここまで「熱いお茶は食道がんのリスクを上げる」ことについてさまざまな調査を用いて説明してきましたが、日々の生活の中でがんリスクを下げるためには、やはり「熱い飲み物はすぐに飲まず、飲む前に少し冷ますこと」と言えるでしょう。
手や指といった部分であれば、カップを触ったときなどに熱さを感じやすいですが、食道はあまり熱さや痛みを感じないため、やけどを負っても気づかないことがよくあります。
そのため、お茶などを飲む際にはまず容器の温度を確認し、ある程度冷めたと判断してから飲むことが、食道がんのリスクを上げないために大切なことと言えるのではないでしょうか。