外的な力を加えないがん治療
「免疫療法」が希望の星として求められるわけ
これまで広く知られてきたがん治療が「三大療法(手術・抗がん剤・放射線治療)」です。体外からの力によってがん細胞を封じ込めようとする治療法で、良い意味でも悪い意味でも患者の体に大きな影響を与えます。
それに対し、人体がそもそも持っている免疫能力を高めて、がん細胞を駆逐できないかと研究されてきたのが「免疫療法」です。
がん細胞が組織を形成し、臓器などに塊としてあらわれるようになっているとき、これを外科的に切除するのが手術療法です。病巣を全て残すことなく切除できれば、がんは完全に治りますので、治療法としては最も直接的だと言えます。
塊をなすがんには有効ですが、他の臓器と癒着してしまっているときや、塊をつくらず体中に転々と飛び火したようながんには向かない治療法です。
がん組織が塊をなしていない場合や初期がんで手術を必要としない場合、手術でがん組織を取りきれなかった場合、さらに、転移がある場合や転移の予防、血液やリンパのがんのように体内の広い範囲に対して治療を行わなければいけない場合に選択される治療法です。
抗がん剤は目に見えないがん細胞にも効果が期待できるため、手術の補助療法としても用いられますが、薬の種類によってさまざまな副作用があります(詳しくは抗がん剤の種類で見る副作用|抗がん剤の副作用リスクマネジメントでも紹介されているので、参考にしてみてください)。
放射線療法は、がん組織が小さいうちにうまくヒットすれば、臓器を残したままがん治療を行えるものです。治療計画に基づき、少しの時間、ほぼ毎日放射線を当てることが必要ですが、副作用は抗がん剤ほど多様なパターンを持ちません。
治療自体は苦痛もほぼなく、ときに仕事をしながらがん治療に臨めることもあります。しかしながら腫瘍の種により向き不向きがあり、万能ではないことは他の治療法と同じです。
3大療法は手術・抗がん剤・放射線という外部からの力によりがんを治療しようという方法です。手術・抗がん剤・放射線治療の影響力は確かなもので、良くも悪くも患者の状態を大きく揺さぶります。
一方、免疫療法はヒトが生来持っている免疫力を用い、がんと闘おうとする治療法です。3大療法と比較したときに、悪影響や副作用が極めて少ないことでも知られています。3大療法と免疫療法を組み合わせて同時に行うことで、それぞれの良い点を引き出しあおうとする治療が広く知られ始めています。
がん免疫細胞療法のスタートは1970年代です。理由はわからないものの、摂取すると免疫力があがると確認できる物質が発見されはじめました。キノコ類から抽出したレンチナンやクレスチン、結核予防に使われるBCGなどがそれです。現在ではそれらがどう作用するのかも確認されて医薬品として認められています。
とはいえ、期待を背負った第一世代の免疫療法も、がんを治療するまでの実力はありませんでした。しかしながら、体内の免疫機構の環境を整えるという意味では今でも大きな力を持っていますし、今では必要不可欠である治療薬の基礎となる薬剤も生まれた第一世代のがん免疫細胞療法は、今も他の免疫療法の効果を高めるために重要なものです。
1980年代に入り、がん免疫細胞療法も第二世代の扉を開きました。この頃に開発されたものの中に、だれもが聞いたことのある「インターフェロン」があります。これはサイトカインという物質で、免疫細胞がお互いに情報をやりとりするときに用いる物質です。これは免疫細胞の増殖や活性化に資するもので、免疫力を上げるという点でいえば、さらに一歩踏み込んだものとなりました。
免疫細胞の中でも攻撃性の高い細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)を活性化するインターフェロンγ、NK細胞の免疫反応を高めるインターロイキン12など、サイトカインを活用したがん治療薬も開発されましたが、これもまたがん治療の決定打とはなりませんでした。
サイトカインが攻撃性の高い免疫細胞を刺激し、増加・活性化できることがわかると、がん免疫細胞療法も第三世代へと突入します。患者の体内からリンパ球を取り出し、サイトカインなどの薬剤で刺激することでその量を増やしたり、攻撃性をアップさせた後、患者の体内に戻す活性化リンパ球療法が開発されたのです。
これもまた、第二世代で確認されたサイトカインがあったからこそです。兵士の数を増やし、その殺傷能力を上げることで、より強い免疫機構を築くことができたのです。体内をパトロールし、自ら敵を見分けて攻撃するNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の働きを向上させる第三世代の免疫療法は、この後さらに進化を遂げます。
これまで見てきたように、がん免疫細胞療法の歴史は「からだの免疫力全体を底上げするもの」からスタートしました。当初は進行がんで明確な効果が確認できなかったものですが、それも「世代」を経るごとに少しずつ進化を遂げ、今ではがん細胞に「特異的」な攻撃をしかける免疫細胞を活性化する治療法へとシフトしています。ペプチドワクチン療法・樹状細胞ワクチン療法などがこれにあたり、がんの情報を覚えこませたそれらの細胞は、がん細胞にのみ明確な攻撃を加えます。
「とにかく免疫力を上げよう」という時代から「がん細胞への攻撃性が高い免疫細胞にがん情報を覚えさせ的確に攻撃する」時代へ。がん大国とも言われる日本において、この進化は光となっています。
ところで、攻撃力がことさら強い免疫細胞を増強し、がん情報を覚えこませてパワーアップしたとしても、がん細胞自身が免疫細胞の働きにブレーキをかけていたとしたならどうでしょう。特異的免疫療法によって、がん細胞のみに働きかける強力な殺傷能力を得た免疫細胞を、培養してまで体内に取り入れた意味が薄れてしまいます。
残念ながら、がん細胞の一部には、このブレーキ作用を持つものがあるのです。これを解消するため、Tリンパ球にブレーキをかけてしまう分子の働きを阻害する治療法が考えられました。ブレーキをはずすことで、Tリンパ球が本来持つがん細胞への攻撃性を元に戻すのが「免疫チェックポイント阻害剤」です。これを使用すれば、特異的免疫療法で得た強い免疫細胞の働きを損なうことがなくなります。