食品や住宅などに発生し、私たちを困らせるカビ。カビにはさまざまな種類があり、「カビ毒(マイコトキシン)」と呼ばれるものを産生するものもあります。これは人間や動物の体に悪影響を及ぼす物質で、中には強い発がん性を持つケースも。このカビ毒による被害例も報告されており、がんとの関連性についても研究が続けられています。この記事では、カビやカビ毒とはどんなものなのか、そしてカビ毒とがんにはどのような関係があるのかを解説します。
カビは食品などに付着し、増殖する過程でさまざまな化学物質を作り出すという特徴があります。カビというと食品に生えてダメにしてしまうという悪い印象を持っている人も多いと思いますが、感染症などの治療で処方される抗生物質もカビによって産生される物質であり、さまざまな病気・怪我の治療に用いられています。このように生活の中で役に立ってくれているカビも存在します。
その一方で、カビはヒトや動物の健康に影響を与えてしまう「カビ毒(マイコトキシン)」を作り出すことも。カビ毒の種類は300種類以上があることがわかっていますが、これらの中には、肝臓や腎臓、胃腸などに障害を与えたり、がんの原因になったりするものもあります。
日本でもカビ毒についての研究が行われていますが、そのきっかけは、第二次世界大戦後に輸入された米から肝臓に障害を起こすカビ毒産生菌が見つかったことでした。この事件は「黄変米事件」と呼ばれています。
カビ毒によって汚染される食品は、トウモロコシや米、麦類(小麦や大麦)、そば、ナッツ類(アーモンドやピスタチオ)、ピーナッツや大豆といった豆類、りんご、乾燥した果実など非常に多くの食品が挙げられます。 また、カビ毒は死滅した後にも食物に残存するという特徴があります。これはたとえ加熱したとしても120度以下の加熱の場合にはほとんど分解することができないため、調理をすれば良いというわけではありません。そのため、パスタやそば、バターピーナッツ、焙煎されたコーヒー豆といった、加熱された食品からカビ毒が検出されることもあります。
主なカビ毒の中のひとつに、「アフラトキシン」と呼ばれるものがあります。このアフラトキシンにはB1をはじめB2、G1、G2、M1など10種類ほどあることが知られています。この中でも、アフラトキシンB1とG1、M1には発がん性があることがわかっていますが、その中でもアフラトキシンB1は自然界で最も強力な発がん物質として知られており、注意が必要とされているカビ毒です。
このアフラトキシンというカビ毒が発見されて注目され始めたのは、1960年にイギリスで七面鳥が大量に死亡した事件がきっかけとなっています。
アフラトキシン(Aflatoxin、以下「AF」とします)は、Aspergillus section flavusに属するAflatoxin B1、B2、G1、G2を始めとする10数種の関連物質の総称です。一部の菌(カビ)が産生するマイコトキシンで、1960年にイギリスで七面鳥が大量死した原因物質で、「アフラトキシン」という名前は、最初に発見された産生菌のAspergillus flavusと毒toxinに由来しています。人に対する急性中毒の例として、AFに汚染されたトウモロコシにより、1974年にインドで肝炎のために中毒患者397名中106名が死亡した事件等があります。
アフラトキシンは肝臓を中心に強い毒性を示すことがわかっており、たとえ少量であっても慢性的に摂取していた場合には肝臓がんを引き起こすことが判明しています。また、上記で示したインドでの例にある通り、人に対する急性中毒を起こす場合もあるため、カビ毒には注意を払う必要があると言えるでしょう。
アフラトキシンB1は強力な発がん物質であるとご説明しましたが、IARCでは「アフラトキシンM1」、「オクラトキシンA」、「ステリグマトシスチン」、「フモニシンB1」を「ヒトに対する発がん性が疑われる化学物質(グループ2B)」として分類しています。
ます。日本での規制状況は下記の通りとなっています。
日本では、食品衛生法第6条(不衛生食品 等の販売等の禁止)、第2号において「有毒な若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの。」の販売が禁止されています。AFは、この有害な物質に該当するため、「総アフラトキシン(AFB1、B2、G1及びG2の総和)を10μg/kgを超えて検出する食品は、違反するものとして取り扱うこと。」とされています。
規制を設けるとともに、国内でも多くの食品についてアフラトキシンの検査を行っています。例えばピーナッツやピーナッツバター、トウモロコシ、ハト麦、そば粉、ナツメグや白こしょうなどの香辛料、ナチュラルチーズなどから、ごく微量のアフラトキシンが検出されることがあり、行政的対応が行われています(この場合検出される量は、直ちに健康に影響を与える心配はありません)。ちなみに、アフラトキシンが検出された食品は全て輸入されたものであり、国産品からアフラトキシンは検出されてはいません。
また、アフラトキシン以外にもデオキシニバレノールと呼ばれるカビ毒(小麦玄米が対象)の場合は基準値が「1100μg/kg(暫定)」、パツリン(りんごジュースが対象)と呼ばれるカビ毒の場合は基準値が「50μg/kg(告示)」です。 さらに、ここで紹介したもの以外にもカビ毒は多くあります。主要なカビ毒についても厚生労働省によって研究調査が進められている状況です。
では、実際にカビ毒(アフラトキシン)ががんとどのような関連があるのか、といったことについての研究や調査についてご紹介していきます。
香川大学農学部の川村教授により、アフラトキシンの摂取量と肝がんの発生率の関係性について示された論文をご紹介します。
表にアフラトキシンの推定摂取量とヒトの肝がんの発生率の関係を示したが、その相関性は明確であり、国際がん研究機関(IARC:International Agency for Research on Cancer)はアフラトキシン(混合物)をグループ1(ヒトに対する発がん性が認められる化学物質)としている。また、様々な疫学調査の結果から、アフラトキシンB1を体重1kg当たり1ngを毎日摂取した場合の肝がんの発生リスクは、B型肝炎表面抗原陽性者の場合、0.3万人/10万人/年、B型肝炎表面抗原陰性者の場合、0.01人/10万人/年と30倍の発がん率に差があると考えられている。B型肝炎を抑制することは、この点でも重要と言える。
上記の通り、アフラトキシンを長期間少量ずつ摂取し続けた場合には、原発性肝がんの罹患率が高くなるというデータが出ています。そのため、「アフラトキシンの摂取量が多い」「B型肝炎ウイルスの罹患率が高い」という条件を満たす国や地域で行われている調査によって、B型肝炎ウイルスへの感染はアフラトキシンによるがんリスクを高めることが示唆されました。
以上の調査結果により、アフラトキシンはB型肝炎と大きく関わりがあることがわかっています。アフラトキシンの摂取は肝臓には対してどのような影響があるのかを知っておきましょう。
アフラトキシンは大量に摂取するとヒトや動物に急性の肝障害を起こします。主な症状は黄疸、急性腹水症、高血圧、昏睡などです。最近では2004年にケニアでアフラトキシン中毒が発生し、317人の黄疸患者が報告され、そのうち125人が死亡しました(患者致死率:39%)。湿気の多い環境下でトウモロコシを保存したため、保存中にA. flavusが高濃度のアフラトキシンを作り、それを食べたためと考えられました。2005年には、アメリカでアフラトキシンに汚染されたペットフードを食べた犬が23匹死亡し、同じペットフードでイスラエルでも犬23匹が死亡するという事件がありました。
このように、アフラトキシンに汚染された食べ物を直接食べた際には健康被害が起こる可能性がありますが、犬などの動物についても同様です。また、動物用の飼料がアフラトキシンに汚染されていた場合には、豚肉やその加工品、また牛乳やチーズ、卵といったものにカビ毒が移行し、汚染することがわかっています。
ここまで、カビ毒と肝がんの関係についてさまざまなデータを用いてご説明してきました。カビ毒はがんの罹患率を上げることがあるほかにも、カビが体内に入ってしまった場合にはさまざまな症状が起きてしまうケースが考えられます。
まず、カビによってアレルギー疾患が引き起こされるケースが考えられます。例えば鼻水やくしゃみが止まらなくなってしまうアレルギー性鼻炎や、アトピーの原因になることも。さらに痰の絡んだ咳が出続けるなど、夏風邪のような症状が続いてしまう「夏型過敏性肺臓炎」を発症することもありますが、ひどくなると肺炎を繰り返し、悪化すると命に関わる可能性もあります。
また、カビによって引き起こされてしまう感染症もあります。足のかゆみに悩まされる水虫の原因である白癬菌もカビの一種ですし、食道炎や胃腸炎を引き起こすカンジダ菌も同様。また、カビが引き起こす病気の中で恐ろしいのが、「クリプトコッカス症」と呼ばれている病気。これは鳩のフンに含まれているカビが原因で、肺炎から髄膜炎に移行すると死亡の怖れがあります。特に体力が落ちている人、お年寄り、乳幼児などはリスクが高いと言われていますので、鳩の群れの中に入ったりするのは控えたほうが良いでしょう。
食品衛生法によって一定量のアフラトキシンが検出された食品は販売できないことになっていますが、私たちの生活の中ではうっかり食品にカビが生えさせてしまうこともあります。カビが生えている食品を食べてしまうと、健康になんらかの影響を及ぼす危険があります。そのため、日々の生活の中でカビを生えさせないような工夫が必要となります。
まずは農産物や食品にカビが発生しないように適切な保管をすることが必要です。この時に大切なのは「温度」「湿度」の2点。一般的に、カビが発生しやすい温度というのは20〜30度であると言われており、特に活発になるのが25度前後の環境。そのため、可能であれば20度以下の環境で食品を保管することが望ましいとされています。 また、湿度についても注意が必要です。水分が多いほど微生物が増殖しやすい条件となってしまいますので、食品は湿度の低い状態で保管しておきましょう。
熱に強いため、加工・調理で加熱を行ったとしても、すでに産生されているアフラトキシンは残ってしまいます。例えば、アフラトキシンB1含んだそばを茹でた場合でも、80%はそばに残存するというデータもあります。
このことからわかるのは、加工された食品が見た目ではカビが生えていなかったとしても、その食品にカビが含まれている可能性がある、ということ。やはりカビが生える前の段階での管理が重要であるということができます。