日本において、喫煙に関連する病気で亡くなる人は年間で12~13万人と推定されています。その中でも、特に喫煙の習慣は多くのがん罹患リスクを上げることが指摘されてきました。ここでは、喫煙とがん罹患リスクの関係について、さまざまな研究報告を用いて解説します。
「喫煙」とは、簡単にいうとたばこを吸うことです。乾燥・発酵させたたばこの葉で作った嗜好品に火をつけて燃焼させ、煙を吸引するという行為であり、その起源は紀元前10世紀の頃と言われています。
喫煙は健康に悪影響を及ぼすということが多くの研究・調査からわかっています。特にがんリスクを上げることは以前から指摘されており、日本でも分煙・禁煙の動きが広がっています。
たばこの煙には、約70種類以上の発がん物質が含まれており、古くからがんの関係について指摘されてきました。特に、タバコの三大毒物と言われるのは「タール・ニコチン・一酸化炭素」。中でもタールには多くの発がん物質が含まれ、主に肺や咽頭に影響を与えることがわかっています。また、ニコチンと一酸化炭素は全身に影響を及ぼします。
たばこを吸うことによって、これらの有害物質を体内に取り込むことになりますが、有害物質が肺に到達すると血液を通じて全身に運ばれてDNAに損傷を与えるなど、がん発生に関するメカニズムのさまざまな段階に関与することになります。
自身はたばこを吸わないけれど、周りがたばこを吸うことによる「受動喫煙」の影響についても知っておきましょう。「他人のたばこの煙を吸うだけで、喫煙者と同じ病気のリスクがある」と言われており、がんに関しても同様です。
特に普段たばこを吸わない人の場合は煙を吸い込んだ時の感受性が高いため、少しの煙でも大きな影響があると言われています。国立がんセンターによると、受動喫煙による日本人の肺がんリスクは約1.3倍になると報告されています。
これまで多くの研究・調査が行われてきた中で、喫煙との因果関係があると判断するのに十分な証拠のあるがんとして挙げられているのは「肺がん」「喉頭がん」「食道がん」「膵臓がん」「口腔・中咽頭・下咽頭がん」「腎盂尿管がん」「膀胱がん」があり、喫煙がさまざまな器官に影響しているということがわかります。 また、喫煙との因果関係が、少ないながらもあると思われるがんとしては「腎細胞がん」「胃がん」」「肝がん、白血病(特に骨髄性)」が挙げられています。そのほかのがんに関しても研究が行われており、「口唇がん」や「上咽頭がん」などについては因果関係が推測されるものの、結論が得られていないがんに分類されています。
それでは、喫煙ががんに悪影響を及ぼすことについて、いくつかの研究や調査データを用いて説明していきます。
国立がん研究センターでは、喫煙とがん全体の発生率の関係について、大規模な調査を行っています。下記で紹介する調査は、岩手、秋田、長野、沖縄、茨城、新潟、高知、長野に住む40〜69歳の男女約9万人を対象としたもの。1990年と1993年にアンケート調査を行った上で2001年まで追跡調査を行い、喫煙とがんの関係を調べました。
調査開始時には、男性の52%がたばこを吸っている、23%がやめたと回答し、また女性では6%が吸っている、1%がやめたと回答していました。そして約10年間の追跡期間中に、調査対象者約9万人のうち約5千人が何らかのがんにかかりました。
この回答から、たばこを吸ったことがない人、やめた人、吸っている人の3グループに分けて、約10年間のがん全体の発生率を比較したところ、たばこを吸っているグループでのがん全体の発生率は、吸ったことがないグループに比べて、男性では1.6倍、女性で1.5倍に高くなっていました。もちろん、吸っているグループの中でも、1日当たりの喫煙本数の多い人や長年吸っている人ではがん全体の発生率が、より高くなっていました。
一方、やめたグループでも吸ったことのないグループに比べて、男性では1.4倍、女性で1.5倍高くなっており、以前吸っていたたばこの影響が残っていました。
さらに1日にどの程度喫煙しているか、また喫煙開始年齢ががんのリスクにどのように関連するかということについて言及している論文もご紹介します。
喫煙者にがんリスクが抜きんでて高いことは内外の研究ですでに明々白々であり,海外の数多くの研究だけでなく,われわれの実施した大規模コホート研究でも認められた.喫煙量が多いほど,喫煙開始年齢が早いほど,そして,喫煙継続期間が長いほどがんリスクは高く,いわゆる「量反応関係」が明らかに存在し,考えられるどの角度から検討しても,喫煙習慣と発がんとの間には確かに因果関係がありと結論できる.
各国で行われたコホート研究は一致して喫煙量と肺がんリスクとの間に明瞭な量反応関係のあることを示している.1日喫煙本数が増えるほど肺がんリスクは高くなるが,どの喫煙本数の場合でも未成年で吸い始めた群に成人になって吸い始めた群よりリスクが高い.
さらにこの論文の中では、受動喫煙の影響についても言及しています。
自分自身は喫煙しないのに肺がんとなった症例がとくに女性に多く認められた.非喫煙で肺がんになった有配偶の200人の女性の夫を調べたところ,ヘビースモーカーが多かった.自分自身は非喫煙で有配偶の女性は91,540人でその中から,そのような肺がん症例が出てきており,夫の喫煙本数別に肺がんの死亡率を諸条件をそろえて計算すると,明らかに夫の喫煙本数が多いほど有意に非喫煙の妻の肺がんリスクが高くなることが認められた.同様のことは,乳がんなど他の特定がんについても認められた.
以上のことから、喫煙者は速やかに禁煙を行うことが必要であると結論づけられています。
ここまで喫煙ががんの発生に及ぼすリスクについて説明してきましたが、それ以外にも喫煙には多くのリスクが潜んでいます。
例えば、喫煙者が肺がんになった場合、「喫煙者の肺がん患者は治療の選択肢が少ない」というリスクがあります。例えば、がんの治療薬として使われる「分子標的薬」を考えると、男性の喫煙者の場合この治療薬が使える可能性は女性の非喫煙者と比較すると明らかに少なくなります。また、使えたとしても重篤な副作用が出る可能性が高いというデメリットがあります。 また、喫煙中の肺がん患者の場合、すぐに手術ができない可能性も高くなります。これは、喫煙者の場合は手術が困難であり、合併症等が起こりやすいため予後も良くないという理由から。そのため、喫煙は肺がんのリスクを上げてしまうだけでなく、その後の治療にも影響を与えてしまいます。
米国国立がん研究所の研究者により「1日平均1本未満でも継続的に喫煙をしていた場合は、早期死亡リスクが64%高い」という見解が発表されています。さらに、1日のうち1本から10本ほど喫煙していた場合には非喫煙者と比べて早期死亡リスクが87%高くなる、との報告もされています。
喫煙の習慣がある場合、がん以外にもさまざまな病気のリスクをあげます。例えば脳梗塞や心臓病、肺炎などの原因ともなることがわかっています。また、たばこを吸うことにより高血圧症やぜんそく、脂質異常の病態を悪化させるというデメリットもあります。
喫煙の習慣がある場合、歯周病にかかりやすいということもわかっています。1日10本以上たばこを吸う場合には歯周病にかかる割合が5.4倍、10年以上の喫煙習慣がある場合には4.3倍になる、というデータもあります。
さらに歯周病にかかりやすいだけではなく、たばこを吸うことによって歯肉の腫れや出血が見た目上抑えられるため気づきにくくなりますし、治療をスタートしたとしても治りにくいというリスクも生じます。
タバコは妊娠・出産にも大きな影響を与えます。特に一酸化炭素とニコチンの作用により、下記のような悪影響を及ぼすことがわかっています。
妊婦がたばこを吸っていると、早産のほか、出血、破水の異常(前期破水など)、前置胎盤、常位胎盤早期剥離、周産期死亡など いろいろな妊娠・出産の異常や新生児異常が起こりやすくなります。また、早産は未熟児出産につながります。これらの異常は、いずれも たばこを吸う量と深い関係があります。夫が喫煙者である場合も、そうでない場合に比べ妻の異常妊娠の割合が高いという調査があります。
喫煙の習慣がある人が妊娠した場合は禁煙する必要がありますが、胎児への影響を防ぐためにも本人だけではなく家族も禁煙をすることが望ましいと言えるでしょう。受動喫煙妊婦(夫が1日5本以上喫煙する場合)から生まれた新生児の尿から、微量のニコチンが検出されたという報告もあります。
たばこを吸い続けた人より禁煙した人のほうがリスクが低いがんとして、口腔がん、食道がん(扁平上皮癌)、胃がん、肺がん、喉頭がん、膀胱がん、子宮頸がん(扁平上皮癌)があります。膵臓がん、腎細胞がんについても研究報告は少ないものの、禁煙した人は喫煙継続者よりがんのリスクが低いとされています。
これらほとんどのがん種で、禁煙してからの期間が長くなるほどリスクが低くなります。特に、子宮頸がん(扁平上皮癌)では、禁煙後急速にリスクが下がり、その後、たばこを吸ったことがない人のレベルまで下がり続けます。また喉頭がんでも、禁煙後急速にリスクが低くなり、10~15年でリスクが約60%下がります。肺がんは、禁煙後5~9年でリスクが下がり始めます。肺がんは、禁煙後のリスクがたばこを吸ったことのない人のレベルまで下がることは難しいですが、禁煙する年齢が若いほど禁煙の効果は大きくなり、何歳で禁煙をしてもリスクは下がります。
引用元:愛知県 健康福祉部 保健医療局健康対策課 がん対策グループ「喫煙によるがんのリスク」
この他にも、さまざまな研究によって「がんリスクは禁煙開始直後から低下の兆しを見せ、禁煙年数が長いほどがんのリスクは低下する」という見解が報告されています。
健康のために禁煙しようと考える人は多いですが、一度習慣になってしまったたばこを断つのは難しいものです。これは「ニコチン依存症」という症状のため。長年たばこを吸い続けることによって、ニコチンが切れるとイライラやストレスを感じてしまい、たばこを吸いたくなってしまうのです。
そこで利用したいのが、パッチやガムなどのニコチン製剤や経口禁煙補助薬。これらを使用することによりストレスなく禁煙を実行できるようになります。自分ではなかなかたばこを断つことができない場合には、禁煙外来に足を運ぶことも検討してみましょう。