「酒は百薬の長」と言われるように、適量であれば良い影響を及ぼすこともあると言われています。ただし、長期的に多量の飲酒を続けた場合には、さまざまながんのリスクを上げてしまうことが多くの研究や調査によって明らかになっています。この記事では、なぜ飲酒によってがんのリスクが上がるのか、そしてどのようながんのリスクがあるのかといったことについて、さまざまな研究報告を取り上げながら解説します。
アルコールを摂取することによりがんの罹患リスクを上昇させてしまうことがさまざまな研究・調査により報告されていますが、実際のところ、どうしてアルコールががんリスクを上げるのかははっきりとわかっていない部分もあります。ただ、今の所アルコールががんのリスクを上げてしまう原因として、アルコール摂取時に作られるアセトアルデヒドがDNAを損傷させているという説が有力となっています。
WHO(世界保健機関)の評価では、飲酒は「口腔がん」「咽頭・喉頭がん」「食道がん」「肝臓がん」「大腸がん」「乳がん」の原因となるとされています。これらの中からいくつかのがんを取り上げ、飲酒との関係を見てみましょう。
アルコールそのものに発がん性があると言われていますが、特に2型アルデヒド脱水酵素の働きが弱い人、すなわち少量の飲酒ですぐに赤くなってしまう人においては、アルコールを代謝したときにできるアセトアルデヒドが食道がんの原因となると考えられています。
日本では飲酒と乳がんの関係についてはっきりした結論が出ていませんが、欧米では飲酒が乳がんのリスクをあげるという見解が支持されています。この根拠として、53以上の研究をまとめた解析において「エタノール10g増加するたびに乳がんリスクが7.1%増加した」という結果が出ています。ちなみに、エタノール10gとは、5%ビールであれば250mlに相当します。
大腸がんについても飲酒との関係が研究されており、エタノール換算50gで大腸がんのリスクが1.4倍になるという結果が報告されています。ちなみに日本人は欧米人と比較すると、同じ量だけお酒を飲んだとしても大腸がんに罹患するリスクが高い傾向があります。
肝臓がんを発症する大きな原因は、B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスの感染、そして肝硬変ですが、飲酒も肝臓がんを発症する原因のひとつであると言われています。さらに、C型肝炎ウイルスに感染している人が飲酒をした場合、肝硬変への進展を促す可能性も指摘されています。
どのようなお酒ががんのリスクをあげるのか気になる人もいるかもしれません。しかし、アメリカ臨床癌学会では下記のような見解が発表されています。
アルコールと癌の関係がエタノール全般に認められるのか,アルコール飲料の種類(すなわち,ビール,ワイン,スピリッ
ツ・蒸留酒)によって違うのかは,問題である.答えは,アルコール飲料の種類にかかわらず,飲酒は一貫して癌リスクになる,である.
このことから、どのようなお酒でもがんのリスクをあげる可能性があると考えておいた方が良いかもしれません。
国立がん研究センターにより行われた、飲酒ががんの罹患率にどのように関連するかといった大規模な調査をご紹介します。この調査で対象としているのは、40歳から59歳の男女約7万3千人。1990年と1993年にアンケート調査を行い、その後2001年まで追跡調査を行うことによって、飲酒とがん全体の発生率を調べました。
調査開始時に「ほぼ毎日飲酒している」と回答したのは男性が70%、女性は12%。アンケート結果を踏まえ、対象者を飲酒の程度別に6つのグループに分け、がん全体の発生率を調査した結果が下記の内容です。
調査開始から約10年間の追跡期間中に、調査対象者約73,000人のうち約3,500人が何らかのがんにかかりました。時々飲酒しているグループと比べると、男性では、アルコール摂取量が日本酒にして1日平均2合未満のグループでは、がん全体の発生率は高くなりませんでした。一方、飲酒の量が1日平均2合以上3合未満のグループでは、がん全体の発生率が1.4倍、1日平均3合以上のグループでは、1.6倍でした。(なお、日本酒1合と同じアルコール量は、焼酎で0.6合、泡盛で0.5合、ビールで大ビン1本、ワインでグラス2杯(200ml)、ウイスキーダブルで1杯です。)
この結果をもとにして、平均1日2合以上のような多量飲酒に起因してがんになる、すなわち、多量の飲酒を避けていれば何らかのがんにかからなくてすんだ割合を推計したところ、13%でした。
女性の場合は、定期的に飲酒していた人の割合が少ないためにはっきりとした傾向は見られなかったようですが、いずれにしてもお酒を継続的に飲む量が増えるほどにがんのリスクも上がってしまうと言えそうです。
さらに、国立がん研究センターは、飲酒に喫煙が重なるとさらにがんの罹患リスクが上昇するという報告を行っています。
この結果を、たばこを吸う人と吸わない人とに分けてみてみたところ、たばこを吸わない人では、飲酒量が増えても、がんの発生率は高くなりませんでした。ところが、たばこを吸う人では、飲酒量が増えれば増えるほど、がんの発生率が高くなり、ときどき飲むグループと比べて、1日平均2-3合以上のグループでは1.9倍、1日平均3合以上のグループでは2.3倍がん全体の発生率が高くなりました。このことから、飲酒によるがん全体の発生率への影響は、喫煙によって助長されることがわかります。
もちろん飲酒のみであればいいのかというとそうではなさそうですが、飲酒とともに喫煙習慣があるという人は、がんのリスクが非飲酒者・非喫煙者に比べて高くなっていることを頭に入れておくべきでしょう。
飲酒ががんに悪影響を及ぼす原因として現在考えられているのが、「アルコールとアセトアルデヒドには発がん性がある」ということ。アルコールを摂取した場合、体内で分解される過程でアセトアルデヒドと呼ばれる物質が作られます。このアセトアルデヒドがDNAを損傷し、がんのリスクが高めると英ケンブリッジ大学の研究チームによって発表されています。
がんはDNAの損傷が原因で発症するケースもあるため、アルコールの摂取ががんの罹患リスク上昇に関連があると考えられています。
ここまで、飲酒ががんのリスクを上げるということについてご紹介してきましたが、大量の飲酒を続けたり、継続はしなくとも飲酒量を間違えたりするとさまざまなリスクが生じる可能性があります。ここでは、飲酒によるがん以外のリスクについてご紹介します。
肝臓はアルコールの代謝を行う上で重要な臓器なので、多量に飲酒する習慣のある人は肝臓に障害が起きる可能性があります。肝臓は症状を自覚しにくい臓器であるため、症状を自覚したときにはかなり重症になっているというケースも少なくありません。
アルコールによる肝障害としては、脂肪肝がまず起こり、その状態で飲酒を続けるとアルコール性肝炎に進行。場合によっては肝硬変に進行する可能性もあります。
認知症にはいくつか種類がありますが、飲酒が原因となる場合もあります。アルコールの多量摂取を続けた場合、脳梗塞をはじめとする脳血管障害や栄養障害を起こすことによって起きると考えられているのがアルコール性認知症です。
アルコール性認知症は、若い世代でも発症する可能性がありますので、飲酒については適切な量を守ることが大切です。
急性アルコール中毒は、アルコールを摂取することによって意識レベルが低下し、嘔吐や呼吸の悪化、最悪死に至る可能性がある症状です。若年者や女性、高齢者で特に急性アルコール中毒のリスクが高くなります。一気飲みなど急に大量のアルコールを摂取した場合に起こることが多いため、無茶な飲み方をしないことが予防する上で大事なことです。
アルコールの摂取方法を誤ってしまうと、アルコール依存症に陥ってしまう可能性があります。これは、飲酒量や場所、タイミングなどを自分ではコントロールできない状態のこと。お酒を飲まずにはいられなくなってしまったり、お酒を飲まないと頭痛や手の震えといった禁断症状が出たり、お酒が原因で周囲の人との関係が悪化したりもします。
大量にお酒を飲む人が発症するイメージがありますが、そうとも限りません。少ない量でもアルコール依存症になる場合もあることを覚えておきましょう。
飲酒によるリスクを減らすためには、まず第一に禁酒をしたり、飲酒量を減らしたりすることが重要です。とはいえ、それまで習慣的に飲酒をしていた人が急に禁酒することは難しいですし、無理に行おうとしてもリバウンドによってより多く飲酒してしまう可能性もあるため、徐々に減らしていくことが大切でしょう。
また、禁酒の他に飲酒によるがんリスクをどのようにすれば下げることができるのかをご紹介します。
国立がん研究センターによる調査をご紹介します。これは40歳から69歳の男女約8万人を対象とし、2002年まで大腸がんの発生率と「ビタミンB6」「ビタミン12」「葉酸」「メチオニン」の摂取量との関係を調査したもの。
追跡調査を行っている最中に526人(男性335人、女性191人)が大腸がんに罹患したことが確認されています。大腸がんのリスクは、年齢や喫煙、肥満といった他の要因によっても高くなるため、あらかじめこれらの影響を除いた上で、大腸がんリスクを「ビタミンB6」「ビタミン12」「葉酸」「メチオニン」の摂取量によってグループに分け、比較しています。
男性において、ビタミンB6の摂取量が最も少ないグループに比べ、それよりも多いグループで30~40%リスクが低くなりました。葉酸やメチオニンでは関連が見られず、ビタミンB12ではリスクがややあがる傾向が見られました(図1)。しかし、女性では、どの栄養素でも関連が見られませんでした。
さらに、飲酒習慣について、週にエタノール換算で150g(日本酒にして約7合)以上と150g未満に分けて調べました(図2)。すると、飲酒量の多い人で傾向がよりはっきりと見られました(傾向の検定が統計学的に有意、p=0.04)。このことから、特に飲酒量の多い人にとって、ビタミンB6を多くとることが大腸がんに予防的に働く可能性が示されました。
引用元:国立研究開発法人 国立がん研究センター「葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12、メチオニン摂取と大腸がん罹患との関連について」
日本人の食生活には、ビタミンB6が不足していると言われています。そのためナッツや魚などビタミンB6を多く含む食品を積極的に摂ることが、大腸がんのリスクを下げると考えられています。特に飲酒の習慣がある人は、意識的にビタミンB6を摂取するように心がけると良いでしょう。
ビタミンB群の一種である葉酸は、細胞の合成や修復に深く関わっている栄養素です。飲酒によって摂取されるアセトアルデヒドは腸内で葉酸の吸収を妨げてしまうため、細胞の合成や修復作用が阻害されてしまいます。そのため、遺伝子の損傷が発生し、大腸がんが発生してしまうと考えられています。
必ずしも葉酸を多く摂取すれば大腸がんリスクが下がるとは言い切れませんが、葉酸が不足してしまうと細胞の合成や修復が行われにくくなるため、葉酸不足にならないように積極的に食事に取り入れることが推奨されています。葉酸は、小松菜やブロッコリー、柑橘系の果物に多く含まれています。